18. 南極圏へ

同室の隊員がGPSで南緯55度通過を確認してくれました
同室の隊員がGPSで南緯55度通過を確認してくれました

測地学的には南極圏は66度以南だが、行政的には南緯55度が南極地域と定義されている。その通過は、南極観測隊の公式発表に含まれるほどの項目となっている。12月7日、6時50分過ぎに南緯55度を通過した。これによって自衛隊員や観測隊員の日当も変わるので、あらかじめ決めた日程を守ることが船の運行上最優先される。時にはその手前でジグザグに航海したり、スピードアップしたりすることもあるそうだ。

 私たち同行者に手当てはないが、しらせに納める食費が変わる。朝飯328円、昼食590円、夕食648円の単価が、南緯55度を過ぎると約1.5倍の476円、872円、960円に跳ね上がる。南緯55度までの値段でもこれでもかというくらい食わせてくれるのに、いったいどんな豪華な食事になるのだろう?運動しなくちゃ!

 

 

 出港して1週間が過ぎ、船内の生活も落ち着いてきた。リスクに関するヒアリングを午前中から午後にかけて実施。しらせの上では隊員の多くは暇なので、気軽にヒアリングのお願いに応じてくれる。予め諾の回答をもらっていた隊員のほとんどにヒアリングを行うことができた。

 

 12月5日から大学院生の主宰で夜の映画上映会が始まった。映画好きが持ち寄ったDVDを、毎晩1本づつ、観測隊公室にあるプロジェクターで映写して楽しむ。僕も、近くのファミマのワゴンセールで見つけた「火星の人(邦題:オデッセイ)」を持ち込んだ。暇をもてあましたら自室で見るつもりだったそんな素敵な上映会があるなら提供だ。

 

 「火星の人」は、緊急事態の際に、誤って死亡したものとみなされて火星に取り残された宇宙飛行士が、知恵と科学的知識を駆使して生き延び、最後には救出される物語である。自分の体に刺さったアンテナの破片を自力で摘出し、処置するというブラックジャックばりのシリアスなシーンで始まりながらも、随所にBGMとして流される1980年代ディスコミュージックが、ストーリーと微妙にシンクロしているコメディー映画でもある。過酷な環境で生き延びるには知恵と知識が必要だが、それとともにユーモアも不可欠なのだというメッセージは南極観測隊にふさわしい。アポロ13号の実話で遺憾なく発揮されたアメリカの技術者/科学者の専門性とそれを生かす信念はこの映画のもうひとつのモチーフになっている。今回初参加でいきなり越冬する隣の院生は、どんな思いでこの映画を見ていただろうか?

 

 翌8日のプログラムは「シン・ゴジラ」。自衛隊が「大活躍」し、官僚組織の優柔不断さを皮肉り、省庁統合と官民協力で超自然に立ち向かうストーリーは、やはり南極観測隊が自衛艦上で鑑賞するにふさわしい。二晩続いてナイスプログラムだった。

 

「伝統の海軍カレー」も随分と様変わり。とっても美味しい
「伝統の海軍カレー」も随分と様変わり。とっても美味しい

 この日は金曜日でカレーの日。今日はいかすみ入りカレーで、イカリングやナンもついていた。海軍以来の伝統も随分と現代風になっている。また、今日から3日間、「しらせ牧場」のソフトクリームが開業。昼食と夕食後、ソフトクリームが食べられる。自衛隊員も観測隊員も、みんな子どもの顔で、ソフトクリームを持って食堂から出てくる。「バケツや洗面器を持ってきた方はお断りすることもある」とのアナウンス。海上自衛隊の中でも異例の長期航海を乗りきるにはユーモアも必要なのだろう。