ディープな世界

 文科省の登山研修所に読図の講師として出かけた。同所が主催する指導員研修なので、受講者の半数以上はプロのガイド。残り半数も各地の指導的な立場のクライマーである。「読図のスキルはどうなんでしょうかねえ」と、呼んでくれた同所の小林専門職は言うが、正直、自分の読図セオリーが通じるのかどうか。

 

 着くなり会議室に通された。参加者は、ちんぷんかんぷんの用語で救助法のロープワークについての話を延々続けている。ようやく収束しかかったところで、地元のガイドが「ムンターミュールで遭難者をつり上げと、反対側が緩んでしまんじゃねえか」と問いかけて、また議論が沸騰した。「そりゃあ分かっている。それでどうした」ちゅうならええんよ。だけど使っている奴らはそれ分かってるんかっていうのよ。」

 

 結局誰かがロープの切れ端を持ってきて、それで別の参加者を実験台にして、やっぱり結び目が緩んで動くという結論に達した。実際救助にも使われている結び目に問題点が残されていること以上に、その問題点に対するスタンスが印象深い。実践の場では、「リスクは分かっている」「そのリスクを想定内として使う」というスタンスが重要なのだ。ロープの結び方一つだけでそれだけ議論を続けられる彼らに、地図調査で延々一つの特徴物の解釈を議論する自分たちと同じにおいを感じた。

 

 翌日の講習でも、彼らは研究熱心さとどん欲さを遺憾なく発揮した。受けたのは、等高線の理解を確認するための方法として、床にシーツをしいて、その上に布団をおき、さらにシーツをかぶせて地形模型を作り、「さあ、この地形を等高線にして見ましょう」、という課題だった。「これで、山小屋で二日くらい停滞しても大丈夫だわ」「おめえ、自分が考えたみたいに使うんだろう」

 

 さすがに基本的な尾根・谷が描けない人はいなかったが、尾根の大きさ・幅、傾斜の変換という点では出来は幅広く、それを互いに見ているだけでも面白かった。「これに等高線描いて見れるといいんですが」というと「ええやろ。ロープだってぶちぶち切っちまうくらいだから」ということで、そのシーツにチョークで等高線を書いてみると、我ながらいいできだ。

屋外で写真を使う現在地の把握の講習も好評であった。あらかじめ小林さんにとっておいてもらった風景写真の特徴的な点に記号を付け、その場所にいって、実際にそれがどこかを同定する課題だ。用意された写真は、急斜面を下から眺めたもので、どうしても地形が重なりあって区別が難しい。現地で実物を見ても判然としない。僕ですら、自信が持てない場所がいくつかある。自信のない判断も、現場であれこれ考えながら作業する彼らにとっては、そのときどう考えるべきかといういい教材になった。

 

 夜、いっぱいやりながら小林さんと群馬でガイドをしている長岡さんと、講習の話題になった。日本山岳協会の指導員が白馬あたりで毎日仕事をしているプロのガイドに、実用にならない技術を指導している話とか、講習っていうのはあくまで技術のレパートリーを増やすためのものであって、実践の現場では講習で教わった通りのことをやるんじゃなくて、それをどう使いこなすかが大切なのに、救助者を搬送するのに、教えられた通り2万円もするゴアのカッパを使うことしかできない登山者が多いという。どこの世界も似たような問題を抱えているだな。