Youは何しに南極へ?もう1つの南極物語 PartII

2月の中旬、いよいよしらせは帰路に就く。公的には何も意味はないが、最後に昭和基地の沖合を通過して別れを告げる。しらせから見れば、望遠鏡でみても越冬隊員の表情は見えない距離だが、その心中は顔は見えなくても推し量ることはできる。越冬隊員にしてみれば、いよいよ自分たち30人だけで隔絶された10ヶ月近い時間を過ごすのだと覚悟を決める瞬間であろう。
極地振興会が発行している南極カレンダーは、隊員が撮影した南極の写真カレンダーだ。オーロラだとかペンギンなどのいかにも南極の季節に応じた写真が使われているので、贈り物にして喜ばれている。カレンダーの部分には、その日にあった南極関係のできごとが列挙されている。特に12月~1月にかけての夏の南極は活動が活発だ。様々なできごとが記載されている。
フリマントルでしらせに乗艦し、隊員の居室に落ち着いた直後の写真。寮の二人部屋みたいで、狭いながらもけっこうくつろげる。床に敷いてあるのは私から越冬隊にプレゼントしたござ。とりあえずしらせでも敷いておこうという算段のようだ。いぐさのにおいが強烈で、昭和基地に着くころにはいい具合ににおいが落ち着いているかも。
オーストラリア便の出発は夜なので、朝大学の事務に挨拶をして、慌ただしく新幹線に乗った。ちょうど2年前のことが思い出される。日帰りのために成田空港にいく経験などないので、必要ないと分かっていても、パスポートを持っていない事実が不安になる。今日は第61次南極観測隊の出発式。  今や、別働隊も何隊も出ているのだが、やはり大多数である本隊が日本を発つ日というのは特別感がある。空港の駐車場2階にある貸し切り待合室で、簡単なセレモニーが行われる。中村極地研所長、文科省の担当課長、そして青木隊長、青山越冬隊長、熊谷副隊長の挨拶が続く。後は集合写真を撮るだけの簡単なセレモニーだが、隊員を送り出す家族の身には格別なできごとだろう。  過酷な自然環境での生活も、リスクに対する感覚にもなんの心配もない宮内隊員だが、研究者として送り出すのに、不安がないわけではない。「娘を送り出す父親の気分」と言ったら、お父様に対して僭越だろうか。お父様は、「アドベンチャーレースをやるといった時から、何があっても覚悟はできています」とおっしゃっていたので、むしろ僕の方が遙かに不安なのかもしれない。  出発ロビーに戻ると、国家プ
南極で使うウェアラブルカメラは何がいいのだろう?とにかくバッテリーを持たせたい。冷凍庫でその「実証実験」。
研究室の机の前に「《理予》性」と書かれた色紙がある(《》内は一字)。大学院の恩師「妻木老人」の退官記念にいただいたものだ。彼は退職後、大学のすぐ近くにある妻木という集落に住んだことから、妻木老人と名乗っているが、もちろん「サイコロジイ」のダジャレである。物事について筋道を立てて考える「理」と、伸びやかで自由なことを表す「野」が里を介してつながっているのが面白いが、こちらただの駄洒落ではない。その両方を発揮して研究に励みなさいという恩師の教えだろう。
治療に手間のかかる体質らしい。奥歯から2本目の歯を治療した時には、親知らずでもないのに2時間も掛かって往生してしまった。麻酔の効いている歯自体は痛くはないのだが、開けっ放しの顎が痛くて拷問のようだった。おまけに同じ姿勢で寝続けて、腰痛もでた。普通は2本の歯根が4本に分かれていたのが、手間の掛かった原因だという。「隣の親知らずより長かったです」と医師に言われた。
宮内さんの面接の訓練として、伊豆松崎でカヤックの講習を受けた。山のリスクなら、僕も宮内もよく分かっている。彼女が、「自分がよく分からないリスクに対して、どう質問できるかを練習したい」という。このブログでも紹介するように、私たちの研究が一番お世話なるフィールドが、湖底の堆積物の掘削、つまりは水上での活動でもある。そこで、シーカヤックの講習を受け、それをインタビュー練習の素材にさせてもらうことにした。
親父がくも膜下出血で倒れて、新潟県小出の病院に入院してしばらくして、脳髄液がたまって手術が必要だという。昨今の医師は訴訟リスクを恐れてか、ポジティブなことをほとんど言ってくれず、話を聞くと気が滅入る。脳髄液を出さないと水頭症になるし、手術にはそれなりのリスクがあるという。水頭症になれば確実に死に近づくので、手術を受けないという選択肢はないのだが、究極の選択とはこのことだ。ベネフィットを追究すればリスクがあるということは、リスク研究をするものにとっては当然のことなのだが、それでも身内の命が掛かっていると考えると、そう簡単には割り切れない。それでも、所詮は人の命に対する判断だったのだと、今回思い知った。話は、健康診断の結果に遡る。
▲7月上旬に行われた隊員室開きに訪れた宮内さん(右)  もう10年以上前、朝日カルチャーの読図講習の講師を宮内佐季子さんと務めたことがあった。下見の時、僕たちは当然のように走っていた。自然公園のような場所からトレイルに入ろうとする時、整備されたトレイルには、木口レンガが敷き詰めてあった。その日、天気は良かったが、水はけがあまり良さそうに見えないその場所では、木口は黒ずんでいた。スリップに注意しなければならない。その区間に足を踏み入れた最初の着地の瞬間、僕は木口のフリクションを確認しようとした。僕がつま先を捻ったその瞬間に、隣を走っている彼女も足を捻ってフリクションの具合を確認しているのが見えた。

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