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トムラウシ遭難を考える

 所属する日本山岳サーチ&レスキュー研究機構によるトムラウシ遭難のシンポジウムが2月27日、兵庫で行われた。日本山岳協会、勤労者山岳連盟という日本の二大山岳団体も参加し、生存者の一人である戸田さんも出席するということで、300人の会場がいっぱいになった。

 

 山岳雑誌などでも論じられているが、この遭難はツアー登山を企画したアミューズ・トラベル社の体質の問題やガイドのリーダーシップが大きな要因となっていることが指摘されている。強雨の中で出発したことや、出発後比較的早い時期から犠牲者が低体温症の兆候を示していたのに適切な対応をとらなかったこと、さらには救助要請が遅れたことなど、ガイドの現場での判断ミスを指摘する声は多い。シンポジウムでは「こうすべきであった」という規範的な条件は数多く指摘された。おそらく、事故前に「そうすべきだろう?」と問うたとしたら、「判断ミス」を犯したガイドたちも、「そうだ」と答えたに違いにない。それがなぜ、生きて働く知識でなかったのかを問う必要があるだろう。いくら経験を積んでいても、「こうだろう?」という問いに「そうだ」と答えられても、曖昧な状況の中で使える知識(これを「状況に駆動される知識」と呼ぶことにしたい)でなければ意味がない。知識や経験不足という言葉で済ませるのではなく、どんな経験を積めば状況に駆動される知識が身に付くのかという問いかけが必要だろう。

 

 犠牲者の中には、かなり早くから(出発後2ー3時間)で低体温症の兆候が出ていた人がいた。シンポジウムで話題提供した船木医師の推測では、それらの人は前日の行動ですでに熱算出に使えるグリコーゲンが枯渇していたのではないかということだった。前日の行動時の補給食の取り方、また小屋に入ってから濡れたものを着替えて、体温を保つなど、これも登山者としては規範的と思える行動をしていなかった節がある。また、戸田さんは「そういう人たちは(遠慮して)何も言えず(体調不良とか)にいたのではないか」と指摘する。

 

これについて、弁護士の溝手さんは「これは法律としての自己責任の問題ではなく、自分の命を守るという問題だが」とコメントした。これもまた当たり前のように備えるべき知識やスキルなのに、なぜ身についていなかったのか?それ以上に、登山に関わる様々なセクターが、今後どう対応していくのか?旅行会社やガイド協会だけの問題ではない。最後は、フロアも含めてそういう空気を共有できたことが、このシンポジウムの大きな収穫だった。