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遭難を誘発するもの

 今年、ショートロープでの確保の検定中、ガイド資格を取ろうとしていた優秀なクライマーが検定員である優秀なガイドを道連れ滑落するという事故があった。その場所を二人がそれぞれ登っていたら百回登って百回とも落ちなかったと、二人をよく知る人は語る。なぜそんな事故が起きたのだろう。

 

 登山研修所を訪れた時、関係者がいたので聞いてみた。まずショートロープでの確保は、ヨーロッパ風のガイドスタイルの一種の模倣らしいことが分かった。それが社会的風潮であったとしても、現場のガイド自身はリスクを感じないのだろうか。ベテランのガイドの方曰く、「僕らガイドっていうのは、ホストですよ。ガイド料は1日3万円、コストはお客さん持ち。だから2泊3日の登山をすると、お客さんの負担は15万円にはなる。」それが出せるお客さんにとって、ガイドはアクセサリーみたいなものだという。「だからかっこよくなければならない、という思いがどこかにある。それによって顧客満足度を高めなければならない」。だからこそ、アンカーをとってもたもた歩くんじゃなくて、ショートロープで確保して、移動スピードを確保する。

 

 ホストならそのようなサービス精神は顧客満足度を高めるだけですむが、登山の場合、満足度の向上はリスクの増加と裏腹である。お客さんが滑落したら、実際は止められるかどうか分からない。だからといって、確保しなければお客さんが滑落したらどうしようもない。ガイドはそんなジレンマの中にいる。トムラウシのツアー登山遭難の時の直接の原因となった判断ミスは、安全とツアーを予定通り実行してお客さんの満足度を高め、効率的にツアーを終了させる(それは安いという顧客満足度にもつながっている)というジレンマが大きな要因となっていた。より専門性が高く、ガイドレシオの低いガイドによる登山でも同じような構造がある。

 

 事故防止のためには、問題を一人一人のガイドに押し込めるのではなく、社会構造からのアプローチが必要だ。

(なお、ガイド検定の事故については、私自身が直接見聞きしたものではなく、関係者の話によるものですが、周囲の信頼できる人の話であること、記事の趣旨には影響ない、ことから触れています)