31. 地図に残る仕事

インステクレパネ、雪渓上でキャンプを張る。
インステクレパネ、雪渓上でキャンプを張る。

 強風になるとヘリが飛ばない南極では、出発前に作った活動計画など、ほとんど意味を持たない。野外調査に使えるヘリは自衛隊の大型ヘリCHが1~2台(常に2台が運用できるわけではない)、観測隊のチャーターしたヘリASが1台だから、悪天候で順延されれば他の野外調査の予定も狂い、場合によっては完全にキャンセルとなる。予定変更で、1月になると、ほとんど野外調査に同行できない日々が続いた。しかもこちらの調査対象は南極の自然ではなく野外調査に出かける観測隊員なので、主体的にヘリの日程調整に動くことができない。元々はどちらも行くはずだった調査のAとBが同じ日程でバッティングしてしまい、やむなくどちらかを削るという羽目にもなった。

 

 全体のスケジュール消化率からして、同行の予定が2~3割減になることはやむをえない。だが問題は、どれを削るかだ。13.で紹介した地理院の支援は、個人的にも重要視していたが、露岩を移動するから調査対象としても好ましい。なんとかこれを死守せねば・・・。

 

 

 結果的に当初予定されていたオメガ岬+竜宮岬は、距離の関係でオメガ岬のみの実施となったが、前回のブログで紹介したインステクレパネの支援にも参加することができた。特にインステクレパネは、地形図の空白地帯。まさに「剱岳-点の記」である。

 

 昭和基地を中心に北東と南の海岸には、夏期間はある程度の面積の岩石地が露出している露岩帯がある。南側のいくつかの海岸は比較的面積が大きく、特にペンギンや地質調査がよく行われるラングホブデは数km四方の大きさがある。一方、北東海岸には多くの露岩帯があるが、そのほとんどは1kmにも満たない小さなものばかりである。1月16日から2泊3日で出かけたオメガ岬も、1km程度の

小さな露岩帯と氷河の末端のモレーンの集合体であり、よく見ると、モレーンはΩの形をしている。

 

 オメガ岬では、既存の基準点のGPS測量とともに、基準点の設置と対空標識の設置をお手伝いした。GPS機器や機器設置のための三脚はいずれもかなり重い。それを背負って、地理院の技師の方と一緒の露岩を歩くと、限りなく長次郎(柴崎芳太郎の山案内人)気分だ。予め地図で決めた場所にいければ、そこに基準点を設置する。南極は基本的に岩場なので、岩にドリルで穴を開けて基準点標識をねじ止めして、セメントで固定する形になる。地図ファンとしては花崗岩の三角点石柱を埋めたいところだが、3人の測量隊には難しい。

 

 基準点標識を設置すると、技師の方は三脚を立ててGPS測量を行う。精度を出すために、場合によっては丸1日、短くても2時間ほど測位を継続する。対空標識を設置する場合には、その間に1×2mの長方形3枚を120度づつ方向を変えて基準点の周りに描く。曲尺がないので、岩の上にきれいに長方形を描くのがけっこう大変なのだ。ペンキ塗り用のオーバーウェアや手袋は支給してくれるのだが、風が吹くと、ペンキが飛び散って、トレッキングシューズやインナーグローブにも付着する。挙句の果てに、顔にも付く始末。過酷な自然に耐えるペンキだけに、一度付着するとなかなか取れない。対空標識の設置がない場合には、GPS測位の2時間はフリータイムとなる。暖かいなら昼寝タイム、風があるなら、寒いのでトレーニングタイムとなる。

 

 天候によって活動が左右される南極での野外調査は、時間に余裕を持って組まれている。だから順調に進めばかなりゆとりがある。往路では、岩がごろごろした場所に着陸してくれた自衛隊のCHのために、余暇時間にヘリポートの整備も行う。といっても人力だから、数十kgもあるような石を掘り起こしたり、スコップをてこ代わりにして動かしたりする。ヘリの中はローターの音が常に大音響で鳴り響いているので、基本的に乗員はほとんど何もしゃべらずに過ごすが、復路ではごついヘルメットを被った機内クルーが、「ありがとうございました。大変だったんじゃないですか」と、わざわざ声をかけてくれた。

 

 

 1月下旬に訪れたインステクレパネは、白瀬氷河の奥に位置し、平らな露岩がほとんどない。自衛隊のCHは着陸不能と結論したので、観測隊の小さなヘリASで出かけた。それでも結局露岩に着陸可能場所を見つけることはできず、氷化した雪渓の上に着陸、雪渓上にテントを張ることとなった。この日は風が強く、対空標識設置はオメガ岬よりも一段と大変だったが、それでも二日間で、基準点2つを設、対空標識を1点設置した。GPS測量中は、断崖の上から白瀬氷河を望み、コーヒーブレイク。なんとも贅沢な時間を過ごした。

 

 この露岩の地形図が世に出るのはいつのことになるだろうか?そして一体何人の人が使うだろうか。限られた利用者だろうと、国土に準じた地域管理の仕事を地道に続ける地理院とその技師の方に敬意を表するとともに、そこにささやかながらも関われたことを、地図好きの一人として名誉に思った(なお、今回の地理院同行の様子は、エイ出版のフリーペーパー「フィールドライフ2018年春号」に

も寄稿しました)。

 

 

オメガ岬、対空標識設置前と設置後。ちなみに塗料は南極専用のエコ塗料だとか。