33.How to run in the Antarctica

しらせ甲板を走る(撮影:島袋羽衣)
しらせ甲板を走る(撮影:島袋羽衣)

 もはや現役ではない僕にとってトレーニングは重要ではないが、日々のリフレッシュのために走ることは欠かせない。南極での約一月半、それにも増してしらせでの往路20日、復路45日でどうやって走ろう。これは南極観測に同行するにあたっての切実な課題であった。

 

 狭い艦内生活にどう対応するかをあれこれ考えていたが、杞憂だった。さすが自衛隊の艦船である。長い航海の中で、ほぼ毎日「艦上体育」の時間が設定されている。しかも朝8時から21:30までだ。つまり、一日のうち、ほぼいつでも甲板を走ってよい。

 

 8時になると放送が流れる。「まるはちまるまる(0800)からふたひとさんまる(2130)、まで艦上体育を許可する。天気晴れ、気温0.3度、風速10ノット、湿度45%。ランニングは時計回り」(詳しくは19回、20回を参照)。航空機による輸送があると、後部の飛行甲板は使用禁止となるので、「ランニングは中部より艦首側でおこなえ」と補足がある。2月に入ってからは何度か、「天候に

鑑み艦上体育は艦内のみでおこなえ」と補足が入る。

 

 艦内にも運動できる場所はある。第三甲板には保養室という名のジムがあり、自転車2台、ランニングマシンが1台ある。ランニングの日数を抑えるため、ジムではできるだけ自転車を漕いでいた。だいたいレベル4~6。負荷を上げるときは8~10を短時間。となりの自衛隊員がゆっくり自転車をこいでいる。それじゃあ効果ないよと内心思いながら、ディスプレーをちら見すると、レベル10だった。うしろでは、うめきながら筋力トレーニングをしている隊員もいる。自衛隊員恐るべし。

 

 しらせの甲板は一周250m。リュッツホルム湾の景色はノルウェーの沿岸部に酷似している。フィヨルドの沿岸急行船、スローTVの世界の中でのランニングは飽きない。陸が一切見えない航海中は、さすがに音楽が必要だ。「マーシャン(「火星の人」(映画邦題は「オデッセイ」)のサントラは、荒涼とした風景にぴったり。

 

 1月にしらせに一度戻ったときにインターバルトレーニングをしてみた。翌日久しぶりに筋肉痛になって、病みつきになった。甲板は硬いので、ひざには要注意だが、メリハリをつければ狭い中でもかなり楽しい。2月も中旬になると、みんな退屈しはじめたのか走る人が増えて、これまた楽しい。

 

 野外調査のときも、なるべく体を動かすようにした。ただ、何かあったときに対応が遅れると安全上も問題なので、キャンプのテントが見える場所しか走らない。時間を決めたファルトレクだ。寒いとは言え、所詮夏だ。マイナス20度のフィンランドの早朝ランニングに比べたらピクニックだ。今年の日本は寒いというから、おそらくそれよりはよいトレーニング環境だったはずだ。

 

 氷河上でも走った。氷河といえばクレバスだが、氷河掘削チームの親分杉山先生によれば、ラングホブデはおとなしい氷河であり、「(流速の緩やかなエリアであれば)絶対にクレバスに落ちることはありえない。」しかも、解けた表面が夜間に再凍結し、氷河の表面は適度にさくさくしている。勝手なところを走るのはやはり安全上も問題なので、すでにスノーモービルのトレースや人の通った実績のある場所を走る。このチームはキャンプを張った場所から掘削地点まで500m以上「出勤」していたので、その出勤コースを走った。この様子はFAの土屋さんがビデオにとってくれた。僕のFBに「氷河を走る男」というタイトルでリンクが張られている。誰もいない氷河の中で走る姿は、我ながら格好いい。

 

 ランニングをするもうひとつの理由がある。キャンプ中は基本的にシャワーは利用できない。水はふんだんにあるが、氷河の隣の湖だったり氷河上の小川だったりするので、基本水温は0度だ。この水で体を洗うのは辛い。だが、ランニング直後の体が中から温まっている時なら我慢できる。30分程度走って、着替えを持って、湖へ!さすがに入水すると文字通り命に関わるが、濡らしたタオルできれいさっぱり。走って良かった!

 

 野外調査の中で唯一ボツヌーテンでは走らなかった。標高1400mのボツヌーテンはマイナス10度前後、しかも強風だった。あまりに寒くて走る気にならなかったのだが、山登りで体が動かせた。

 

 地理院の測量ではオメガ岬とインステクレパネという二つの露岩に出かけた。露岩は、石と砂がミックスしており、一般的にはあまり走りやすいとはいえない。インステクレパネの測量のときには、山の上の基準点でのGPS測量の間、2時間のフリータイムとなった。距離にして200m下にインスタ映えする湖があった。湖と基準点の間はしっかりした岩盤がつながり、ちょうどよいヒルトレーニングコースになった。1997年のノルウェーでの世界選手権の際に、沿岸部でトレーニングしたときのことを思い出した。

 

 ランニングがもっとも大変だったのは、実は昭和基地だった。夏の昭和基地は設営作業のため、作業時間が18:45までと決まっている。その後19:00から夕食、19:30からミーティングで、自由時間はその後となる。もちろん終日明るいので夜も昼もないのだが、やはり夕食をしっかり食べると胃がもたれるし、安全面からも好ましくない。夕食をパスして、夕食時間に走るか、夕食を限りなく少なくして、21:00ごろから走るといいう二択である。「ランニングより三度の飯が好き」だが、「三度目の飯よりはランニングが大事」なので、4回くらい夕食をパスして走った。しっかりした昼食が出ることが多かったので、苦にはならなかった。昭和基地は建設工事現場みたいでリスクがいっぱいなので、基本ヘルメット着用である。アドベンチャーレースをしていたころを思い出す。

 

 レクでオリエンテーリングをやる気満々だったのだが、結局夏期間は忙しくてチャンスがなかった。ただ地理院のベクトルデータが入手できたので、ISSOM仕様の地図は作った。越冬隊でスポーツの好きな隊員に託すつもりで、写真撮影型式のスコアオリエンテーリングのコースは用意した。やってくれたかな・・・

 

 帰りのしらせは45日。フォト型式のロゲイニングもどき、それからウルトラスプリントと称して、ラビリンスOもやろうと企んでいる。