42. 夢

第一次越冬隊参加時の父、望
第一次越冬隊参加時の父、望

 夢を見た。人懐っこい笑顔の男性がこちらに向かって歩いてくる。手を差し伸べている。防寒具に身を固めているから、きっと南極関係者の誰かなのだろう。でもこの顔は関わった58次隊、59次隊のどちらにもいない。頭の中の記憶を探る。そのとき、彼はいった。「望(ボー)ちゃん、久しぶり!よく来てくれたね。」その瞬間、吉田栄夫さんの文章中にあった写真の人物に思い至った。福島紳。南極観測隊唯一の犠牲者。19601010日、ブリザードの中で作業のために外に出たときの悲劇だった。彼を偲ぶ「福島ケルン」が昭和基地の海岸、しらせからの輸送路の上陸地点に建てられている。

 

 眼前の彼の姿はだんだん小さくなり、やがて、僕の足元に吸い寄せられていくように見えた。同時に、「そろそろ行きましょうか」という声が聞こえた。一緒に福島ケルンにお参りに来た隊員の声だった。どうやら福島ケルンでの黙祷中に白昼夢を見ていたようだ。この場所は、リスクについて考えるために南極に来た僕にとっては、一種の聖地である。

 

 彼の遺体は9次隊のときに発見され、遭難時に一緒に居た吉田さんによって運ばれ、荼毘に付されて、遺骨の一部はケルンにも納められている。奇しくも、彼が遭難した4次隊のメンバーが多かったという。その中の一人に父望もいた。父が生きて僕の南極行きを見送ってくれたら、その送り言葉の中にはひょっとすると「福島さんによろしくな」というのがあったかもしれない。