43. シドニー入港

シドニー入港時の艦橋の様子。赤丸が舵と出力の表示ボード
シドニー入港時の艦橋の様子。赤丸が舵と出力の表示ボード

 シドニー入港の朝(20日)、6時に艦橋に上がる。東の空には夜が明ける兆しが見えるが、西の空はまだ真っ暗だった。船首が向いているその方向に灯台の灯りが見える。その回りには街の灯りらしきものも見える。4ヶ月間見ることのな

かった風景だ。

 

 7:30に再び艦橋に上ると、20名以上の士官、科員が集まって入港ブリーフィングをしていた。副(艦)長の司会で、気象士の気象概況に始まり、各部署が、注意すべき事項について発表している。地図で見ると、シドニー港は入江の奥にある。もちろんパイロットも乗ってくるが、乗員にとっても緊張する時間なのだろう。既に夜は明けていた。まだ遠くに霞んでいるが、断崖の上に緑が広がっている。4ヶ月間の南極行動では決してみることのない色合いだ。1年3ヶ月の間、 南極にいた越冬隊員はどんな気分でそれを見ているのだろう?想像することしかできないその気分を味わってみたい衝動に駆られる。

 

 9時過ぎにパイロットが乗船してきた、艦橋はより慌しくなる。どんなに大き な船でも、舵と出力という二つ要素(実際にはしらせには左右の出力があるので、3つ)でしか操作することができない。その点からすれば艦橋には一人いれば十分船は動く。だが、電子海図やレーダーを見て、周囲の状況を刻々と伝える乗員、あるいは、(電子海図で自艦の位置も航路予定も分かるにも関わらず)予定航路を書き込んだ海図上で、自艦の位置の航路からのずれを報告し、変針点への到着を予告する士官、水深を定期的に読み上げる科員がいる。桟橋に近づいて操舵を担当する艦長や士官が艦橋の桟橋側に動くと、舵と出力状態を表示したボードを持ち歩いて、現在の艦の状況がよく分かるように提示する乗員がいる(写真。ボードは赤丸の中)。時間的な制約の厳しい中で、大きなダメージをもたらしかねない意思決定の現場での情報共有とリスクマネジメントのシステムとして興味深い。認知心理学者としては、情報過多になりかねない状況の中で、それらを総合して操艦の意思決定をする艦長の頭の中を覗いてみたい。

 

 自分の中で、ハーバーブリッジを背景にしたオペラハウスの眺めに興じる観光客の視点と、研究の延長線上で艦橋を眺める始点がめまぐるしく交錯する1時間を経て、しらせは無事にウールームールー(シドニーの軍用の岸壁)に到着した。到着時間は予定どおり10:00。流石。