17. 一路南へ

 出発して4日目。すでに日付の感覚は失われつつある。船室には窓がないので、意識的に甲板に出ないと明るいのか暗いのかさえ分からない。日常での日付感覚が週単位の行事とか、スケジュールに支えられていることがよく分かる。

 

 1日目の午後にはもう陸は見えなくなったが、その状態がもう数日続いてい

る。しらせも最初の1週間ほどはひたすら南に下るだけだ。天気や波の状態は

日々変化し、冷たい海の色を呈してきたが、風景の変化といえるのはそれくらいしかない。

 

 ときおり海鳥が飛んでいる姿を見つける。すでにオーストラリアから100マイル以上離れ、見渡す限り海原という場所で彼らはなぜ、どこを目指して飛んでいるのだろう。同行する鳥類専門の院生に聞くと、それほど珍しいことではなく、渡りの一種なのだという。それに南氷洋には彼らの食物になるオキアミも多いのだそうだ。

 

 彼らの生態をよく知る専門家から見れば、ごく当たりまえの行動なのかもしれないが、専門外からすれば不思議な光景だ。宇宙人が空からしばらくしらせを眺めたら、きっと同じような感想を抱くに違いない。似たような物体は海の上にたくさん浮いている。たいてい、同種の生き物が多く住む場所を目指しているのに、この物体だけはなぜか同種の生き物のいない何もない白い大陸を目指している。彼らはなぜそこを目指しているのだろうか、と。

 

 あさって7日は南緯55度を越える予定だ。南緯55度の根拠はよく知らないが、そこから先が南極地域での行動ということになっているらしい。その数日後には初氷山に遭遇する。何月何日の何時何分何秒が初氷山発見か、しらせ側からのクイズが出された。何秒まで当てさせるところが海自らしい。昨年は12月8日と、かなり早かったのだとか。

 

 現在暴風圏通過中。昨晩もかなりゆれ、船倉の何かがきしむ音が時々船室にも響き渡る。今日から仕事(隊員へのヒアリング)を始めた。これまでかなり揺れても酔うことはなかったが、仕事に緊張したのかヒアリング中に派手に戻して、ヒアリング相手に背中をさすってもらう始末。昼食・夕食抜きで、「しらせで脂肪備蓄計画」に赤信号が点灯。

 

写真:まだ荒れる前の航海中に船橋にて、三毛猫のコウイチローとともに(第一次観測隊でオスの三毛猫が飼われた話は一部では有名らしい。オスの三毛猫は遺伝的に珍しいため、幸運を呼ぶとされているらしい。そのとき贈られた三毛猫は隊長永田武に因んで「タケシ」と名づけられた。この猫も今次隊土井浩一郎隊長に因んで「コウイチロー」と名づけた。殺風景な船室での癒しになっている。