カテゴリ:2006年7月



誇りに思えるかと問われたら首をかしげてしまうが、準備段階でもレース自体でも自分のしたことに後悔はない。限界を超えないということも含めて、この半年は十分コントロールした日々を過ごせた。それが、「ついでに」、つまりはクオリティー・オブ・ライフの向上につながったかについては疑問がある。しかし、これが何かの最後ではなくて、新しい始まりなのだという感覚が訪れた。WOCはやはり寄り道するに足る場所だったのだ。
午前中、イベントセンターで登録を済ませる。他のチームに出会うと、世界選手権だという現実感がぐっと高まる。  オーフス周辺は午前中雨。明日・あさってとも気温はそれまでほどはあがらないようだ。夜、スタートリストが発表されるのを見ると、さらにレースへの緊張感も沸いてくるのだろう。
昨日はオフでカヌーをしにいったのだが、寝込みたくなるような不調感が一日中つきまとった。全体的には好調感は全くないのだが、練習してみるとタイムは割と遅くない。オーリンゲンのスーパーエリートの優勝者相手にショートレッグでは決してひけを取らないタイムさえだせている(向こうが練習でどの程度本気で走っているかは分からないが)。
22日にシルケボーに移動し、トレーニングキャンプが始まった。初日はミドルタイプの森で軽く3km。ロブのつてでジュニア世界選手権で優勝したオーストラリアのハニーとその彼?のシモナスが来ていた。シモナスはオーリンゲンのスーパーエリートで優勝した選手だが、トータルで3分差をつけられたものの、ショートレッグでは、ほぼ互角以上のレースができていた。相変わらず頭の調子はいいとは言い難いが、体調も技術的な調子も悪くないようだ。 
デンマークに到着。トレーニングキャンプの暇に任せて読もうと思ってもってきた「ダヴィンチ・コード」3巻を一気に読み終えてしまった。よくできたストーリーだと思った。それ以上に随所の子午線(ローズライン)や羅針盤(コンパスローズ)といった、ナヴィゲーションに関係する物が小道具として出てくるのが興味深い。
 遠征に先立って、タンスの中の古いスポーツウェア類を整理した。89年から使っている日本チームのOスーツも処分した。さすがにもう穴だらけだ。ゴミ箱のそばに積んでおいたら、次男がサッカースパイクの泥磨きに使ってしまった。「日本代表のウェアでスパイクを磨いたら日本代表になれるかもしれないよ」というと、彼は嬉しそうに笑った。
 8月なかばにやるらしいBSの「人間力アップ」という番組のロケを13日行なった。この夏一番の暑さの日、汗だくになりながらのロケだった。ロケをしていつも思うのは、1カットに対するこだわりと時間のかけようだ
ずっと痛かった右肩を、合宿の時に吉田勉に見てもらった。腕を動かしてみたら、勉から「腕じゃなくて肩全体が動いている」と指摘された。確かに鏡で見てみると、腕だけで済むところが、肩の筋肉を使って腕を持ち上げていた。
 山での遭難を防いだり事後処理にあたる遭難対策協議会というのがどこの都道府県でもある。その全国大会が今年は静岡で開かれた。講演を引き受けて出かけてみたら、思いの外りっぱな会議でびっくりした。静岡県でも県教委の生涯スポーツ課総出で対応しているようで、壇上には教育長までいた。  日本山岳協会の関係者や高体連登山部の人もいる。日頃の活動とオリエンテーリングのいい宣伝の場になった(かな?)
 7月1日、村山口登山道に地図調査に出かけた。調査に入る前に浅間神社の境内をゴールにできるかどうかジャンボで聞いてみようと寄ってみると、人だかりがしている。どうも祭礼らしい。宮司とおぼしき人に尋ねると、それなら(氏子)総代に聞いてくれという。受付には総代と区長がいて、あっさりOKとなった。