2017年、同行者としての南極行きが半月後に迫った11月半ば、事務の方から連絡があった。なんでも、私の南極行きが記事になった新聞を見て、送りたいものがあると言う年配の女性からの連絡があったとか。連絡先を伝えてもらうことにした。...
あなたにとって、心ときめく素敵なリスクはありますか?FBで投げかけたら、かつて指導学生だったスケーターが、「なんだろう?」と問い返してきた。「クロスステップでアウトエッジに乗る感覚」と答えたら、なるほど!?と反応してきた。  スケートを少しかじった時、最初はハの字で滑っていた。スピードを出して滑るためには、インの足の外側のエッジに一瞬乗る必要がある。スキーでもそうだが、これがバランスを崩しそうで結構怖い。でも、その時の身体のバランスをコントロールできるようになると、その一瞬の不安定感と、それを乗り超えた時のスピード感が堪らなく気持ちよい。スケーターの彼女から問い返されることで、私自身の素敵なリスクが明確になった。
 第一次隊の隊長西堀栄三郎さんは南極に行ったときには50歳代の半ばだった。父が観測隊長だったのは50歳の時。自分が60歳目前で南極にいくことになるとは思わなかった。かつては、隊員の条件として「概ね50歳まで」というのがあったらしい。それはなんとなく知っていたので、最初に南極に行きたいと思った時には、まず年齢的にいけるのかどうかというのが気になった。  「元気だったらいいんですよ」と、国立登山研修所の所長に言われて(現在も冬期訓練には講師を派遣している)、まあ大丈夫なのだろうとは思ったが、年齢の限界というのは常に気になっていた。今回越冬中に還暦を迎える私は、さすがに今回最高齢だ。ただし、残念ながら南極での還暦は初ケースではないらしい。しかも日本の高齢化に伴い観測隊も高齢化している。50歳を超える隊員は沢山いて、今回は55歳を超える越冬隊員も3人いるようだ。  54歳の「準会員」も加えて、「お達者クラブ」を結成。皆さん越冬経験者ばかりで、私は最年長ではあるが、南極に関しては青二才だ。
 健診の舞台は代々木病院・泌尿器科から静岡・循環器に移った。指導学生の親族が循環器の専門医だというので、一応評判を聞いて、A病院にいくことにした。再度エコー検査をして診察を受けたが、やはりよくわからないので、造影剤を使って静脈の評価をしようということになった。
 「上げ膳、据え膳」になった今回も、健康診断でもたもたしている。2月の健診の結果、尿潜血でひっかかってしまったのだ。4月に再度尿検査をするという羽目に陥ってしまった。その時点ではある程度楽観視していた。だが、UTMFの安全管理でホテルに缶詰になっていた時、その結果が戻ってきた。やはりひっかかってしまった。...
4月9日、しらせが59次越冬隊と60次夏隊を連れて帰国した。4/10は明治記念館で恒例の帰国報告会・歓迎会が開催された。数々の成果が得られたことが報告のハンドアウトに掲載されている。
山岳遭難を考える · 2019/04/03
国立登山研修所が、高校山岳部指導者テキスト「安全で楽しい登山を目指して」を発行した。このテキストは那須岳雪崩れ遭難を契機に、高校の山岳部の安全のために作成されたものだが、日本を代表する山岳・登山の実践家・研究者が書いた充実の内容だ。
2017年、59次隊への同行に向けて準備しているころ、大学の総務係長に「先生、正式に決まるのはいつでしょうか?」と聞かれて、「それが、10月なんです・・・」と答えて唖然とされたことがあった。
開始から60年以上たった今でも、南極は自然科学に多くの発見をもたらしている。そこは氷に覆われた、一般の人には近づくことすら難しい大陸である。だが、自然科学が発見を業績としている以上、そこには多くの未知のデータが科学者に発見されるのを待っている。しかも、地球上の他の場所にはほとんどない寒冷と雪氷という環境が、そこにしかないデータの蓄積を可能にしている。たとえば、59次隊から始まった100万年のアイスコアの掘削がそれだ。南極の氷は水が凍ったのではなく降った雪が圧雪されて氷になる。その過程で降った時の大気が雪の中に閉じ込められる。氷面を深く掘れば掘るほど古い大気が閉じ込められている。大陸の山頂部(といっても高原状の場所だが)をできるだけ深く掘れば、そこには太古の大気が眠っているのだ。約3000m掘って100万年間の大気を手にいれる。そのプロジェクトが進行中である。
シドニー帰国直前に、しらせを望むカフェで昼食を摂る。一面オレンジだった船体の下部がねずみ色になっているのが、氷海との格闘を物語る。

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